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2013年3月30日 (土)

「モントゴメリー回想録(B・L・モントゴメリー/読売新聞社)」とモンティについて

今日は、本サイトの方に書こうと思っていたネタなので長いよ。

ここのところずっと「モントゴメリー回想録(B・L・モントゴメリー/読売新聞社)」を読んでいた。かなり昔に絶版になった単行本で、文庫化などはされていない。一番の理由は「日本でモンティの人気がない」からかと思われる。まぁ、ロンメル関係で最も有名な「砂漠の狐(カウル・パレル)」ですら絶版なので、日本の戦争アレルギーのせいかもしれないが。
しかし、モントゴメリー元帥の人気がない、というより知名度がないのは本当で、実際ネットで検索しても「ロクなことが書いていない」場合が多い。特に「物量のみに頼る」と入った評価がされて、軍人としての評価が低いのが一般的であるが。おそらくこれは、米国寄りの政治思想からくる一方的な見方であり、アイゼンハワーやブラッドレー、そしてパットンなどの米国人によるモンティ評を鵜呑みにしている(その上、全く考察していない)事が大きいかと思われる。また、ライバルであったロンメルが寡兵を作戦能力でカバーしていたと言われるのに対し、物量で攻め勝ったということから日本人の判官贔屓が発動しているということもあるかもしれません(秋山殿もしかめっ面だ(笑))。
この辺りについて、簡単に手に入る「ロンメル将軍(PHP出版)」を読むとモントゴメリーについて「軍人としての評価はBの下からCの上程度の器」としている(ちなみに、この本の人物評はかなり偏っていて笑える。チャーチルとか)。
この「他人の評価」については英国系の本と米国系の本では天と地程の差があるし、チャーチルはモンティ贔屓と書いてある本もあれば、モンティを批判しているとする本もある。アイゼンハワーはモントゴメリーを嫌っていたという本もあれば、怒っていたけどモンティを気遣って批判を前面には出さなかったという説もある。正直、何を信じればいいのか良くわからないが、二次資料は偏見が入りすぎて信用ならん、というのが正直なところである。明治政府によって新選組が狂気の人切り集団とされてあらゆる書物で敵役をおわされた事に対し、名誉が回復されたのは第二次世界大戦が終わって政治の流れが変わってからというような事を思い出してもらえば、1冊の本やウィキペディアの記述を信じることの恐ろしさがわかるというものである。
個人的には「砂漠の戦争(アラン・ムーアヘッド)」なんかはお勧め。

閑話休題。

ということで、自叙伝である「モントゴメリー回顧録」である。自叙伝なので「俺様すごい」は話半分にするとしても、他では読めないエピソードが多く、英軍ファンには必読の本でした。
自伝なので幼少時からのことが掲載されていますが。
特に見方が変わった点は「英国軍は陸軍であっても帆船時代の海軍と似ている」ということである。スコードロンマークを調べたときに気づく他国に比べて徹底した先任主義からしてホーンブロワーなどの海軍の仕組みと同等であることが分かるけれど。それ以上に、第8軍の指揮に付いたモントゴメリーの手腕が戦列艦の艦長の役割に似ていると思うわけで。それまでのオーキンレック将軍も、どちらかというと現場主義者であるのに、モンティと比べると明らかに英国貴族主義=特権階級としての艦長を思わせるものであり、ある意味、叩き上げであるモントゴメリーの指揮は、旧来の英国式の打破という点で新しいにもかかわらず。その一方的なやり方は、やはり艦長職の手腕であり、艦長の替わった船が全く別物になっていくような「冒険小説的」カタルシスがあるのである。
また、ダンケルクの敗戦時に現場で指揮をしていたことによる経験もあったし。何より、情報を重要視し、兵站を重視するという近代戦闘の「当たり前のセオリー」を忠実に実行しているのに、それを批判されるという訳の分からない状態になった入るのは謎である。おそらく、英国での人気はそういった「ガンコで人のいうことを聞かない」けど「当たり前のことを当たり前に実行し、勝ちに行く」その手腕を認めたからではないかと思う。
また、軍での教官生活が長かったためか、部下の能力を判定して仕事を任せる事に対してかなり熱心であり、役立たずはどんどん左遷する代わりに、認めた者に対しては上に立つ人間としてサポートを厚くするあたり、会社の重役連中にも見習って欲しいところである。
また、一般兵士の闘志をかき立てることに非常に熱心であり、作戦準備中には各部隊を廻って兵士達に接することを心がけている。これは、ある意味人気取りであるが、ソレによって作戦の遂行能力が上がることを確信しての行為であり、こういったところが末端の兵士に人気となり、また、旧来の指導者層に煙たがられるところである。
ちなみに、モントゴメリーは、後年人種差別的な考えを持っていたことを明らかにしているが、それは幼少時に植民地で育ったことに関係しているのか?と思ったりもする。少なくとも、第8軍に着任したときにはニュージーランド師団などのコモンウエルズの植民地軍が主な歩兵戦力だったから、そういう考えに凝り固まっていたら兵の人気取りなどは出来なかったはずだが。モンティは戦闘用のセーター姿で各部隊を周り、気さくに兵に話しかけ、非常に信頼を得たと言われている。有名な「モンティ」と書かれたグラントに乗っている写真なんかがその頃のものである。ベレー帽に2つの帽章を付けているわけもここで語られていたりする。
そのあたり、例え計算があったとしても、やっていることは英国流というよりロンメルの手法によく似ていると思われる。実際、ロンメルの戦術についてはかなり熱心に学んでいたようですが……。

ということで、個人的に「徹底した現場主義」「徹底した準備周到」「攻めるのが苦手というより罠をかけてカウンターで攻め崩すのが得意(ガードキャンセル!)」など、軍人としての資質は優秀な方ではないかと思われるのです。
当然、連合軍の総大将であったアイゼンハワーは戦争指揮なんてとったことがなかった人だから、そんな人が言うことは……と思ってしまいますが。まー、その辺は半分くらいさっ引いて。後半はアイクとの親書を大量に引用して、自身の正当性を主張する話になっていきますが。マーケットガーデン作戦についてちゃんと説明と分析をして欲しかったというのが残念なところ。まー、他で完全批判されている作戦の「良かったところ」を知りたければ一読の価値在りですが。
そんなわけで、ノルマンディー上陸作戦よりあとのエピソードはグダグダな感じもありますが、逆に、そのあたりまでの英軍の立て直しの話はかなり面白く読めます。まー、現場主義ではあるものの、作戦に関して自説を曲げないタイプの人なので部下は大変だったと思いますが(笑)。
イメージとしては青春ものの漫画やドラマに出てくる「頑固な教頭先生」といった感じですか。

そんなわけで、モンティを批判している人にこそ読んで欲しい本です。そして、それでもダメだわ、と思ったら仕方がないのですが。イギリスで「フルモンティ」なんて言葉を生み出したり「空飛ぶモンティパイソン」などという世界的に有名な番組のタイトルにされたり、ベレー帽について調べると「型」として「モンティ」というそのものが出てきたり。英国で(色々な意味で)愛される人物であるという事実が、たんなるボンクラではない初代アラメイン・モントゴメリー子爵(元帥/NATO軍副司令)の人柄を表しているのではないかと思うところです。

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