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2015年11月18日 (水)

2015秋の旅行その1「筑波海軍航空隊記念館」

別にと言って会社に行っても問題はありませんでしたが。1日休んだ分もあり、なんか、細かい書類仕事が異様に多い。営業も、業者さんも容赦ない。本業の設計もやらなきゃならないのに、普段書かないような書類も大量に書いた罠。

ということで、旅行記1。
11/14(土)の朝から友人の双葉くん(<作品かかねーから、こいつのPNが思い出せなかったわ)を駅で拾って高速に乗り。首都高の空中回廊のような景色が苦手なため、足利で運転を代わってもらい。更に途中で後輩の綾乃小路くんを拾って、一路、茨城へ。友部のSAではガルパンフェアをやっていて、食事をするとポストカードが1枚貰えました。

さて。
今年は土曜は大洗に宿が取れなかったので、そこまで行かずに「筑波海軍航空隊記念館」を見学してきました。映画「永遠の0」のロケに使われたところで、「筑波海軍航空隊」の跡地です。残念ながら雨が降っていたため、ベトンの見学会は中止していましたが。中には、海中から引き上げてきた火星エンジンとか、多くの種類のプロペラとかのわかりやすいものから、秋水の燃料入れとかの珍しい物まで、色々ありました。パリッとした展示のこぎれいな博物館ではなく、本当に、戦場から帰って来た様々な遺品(と、おそらく基地に残っていた物)が展示してあるという感じで、かなり生々しい展示でした。大戦機って小さいイメージがあるけど、火星はでかかった。
戦闘機のイスが何でプレス一体成型の粗末な感じのものか疑問を口にしたら。解説をやっていたスタッフの人に、落下傘を背負うのでクッションになると教えて貰いました。実は、コレ、模型を作っていて長年の謎だったので、言われるまで気がつきませんで。やはり、教えて貰う事は多々あるものです。しかし、イス談義でアメリカ軍の戦闘機の防弾板の話になり、日本がパイロット命を粗末に扱っていたという話になるのですから、悲しいものです。当時の設計者は、そのあたりのこと、どう思っていたのか。
他は主に写真展示で、この基地で学んだあと、特攻に志願された人達の記録が色々と。特攻については、戦法としての記述や、歴史的な事実として海軍がなぜそういった方向に行ったのかなど、かなり詳しい文献が沢山ありますので、勉強して事実は知っているつもりでしたが(メンタル的な部分が多い個人記録や小説などは悲しくなるので読まない人間ですが)。記録として残っている写真の中の若者が、あまりにいい笑顔をしているのを見ると、やはり、悲しくなりますし、現場を知らない人間が考えた杜撰な作戦に腹が立ちます。せめて、効果の大きい攻撃方法だったのならともかく。
生き残った方の証言ビデオなんかを見ていても、個人の思惑を超えた時代の流れというものを感じます。ただ、今の日本の社会も、戦争こそないものの、根本的な日本人の考え方というのは変わっていないのではないか、ということも、この歳になると感じてしまうのですが……。
桜花のコーナーとか、見ていて本当に情けなくなりますよ。こんなものを嬉々として製作させた人間がいるかと思うと。
他にも、期間限定の特別展として、金剛の乗組員の方のアルバムとか、興味深い展示もありました。しかし、写真を見ているとアルペジオのトンデモ艦隊を思い出してしまう自分が情けないですが。

あと、模型の展示もありましたが。個人的に、模型は自分で付くってナンボという考えがあるのと、艦戦関係は最近でこそ細かい作りになっていますが昔のウォーターライン程度のイメージが強くて興味は薄い方なのですが。……1/144の艦船が複数あると、さすがに驚きます。フルスクラッチ?しかし、よく出来ている。一般的に大型模型と言われる1/350が小さく見えるのですからオソロシイ。
一番オソロシイのは、同じコーナーに霧の艦隊の模型を置いた人がいる事ですが(笑)。

ということで、やはり、特攻志願部隊をテーマにした展示ということで、考えさせられるものが多いのですが。一番印象に残ったのは、やはり、若者達の笑顔や、祭で馬鹿をやっている姿の写真ですから。ただ単に嘆いたり、同情したりするのではなく、彼等が如何に精一杯生きたか、如何に国を守ろうとしたかを肯定的(特攻を肯定するのではなく、彼等の生き方を肯定する)に捉えて何か発展的なものを残せたらいいのではないかと、そんな事を思いました。
ただ単に悲しい顔をしてプロパガンダに利用するような人間の屑に騙されないように。

あと、訪れている人の多くがお年寄りで、子供の頃に戦争を体験したくらいの人ばかりでした。戦争に行ったわけではなくても、周りの大人達を含め、戦争というものを身近に感じていた人達だからこそ思うところ、というのもあるのではないかと思います。

ちなみに、この建物は、戦後、病院として使われていたという事で、昭和初期のモダンな建築の部分と、古い窓枠やむき出しのガス配管などが見せる年代なりの感じが結構恐ろしく、そういう目で廊下を見ると、自分の夢に出てくる昔の学校や病院などの怖い建物と合致して、なんか、とても…………

つづく

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