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2016年3月28日 (月)

「親殺しのパラドックス」についての補足

昨日「親殺しのパラドックス」について書きましたが、読み返してみたら、明らかに用語としては説明不足で誤解を招くって奴ですな。
このSF用語は「子供が過去で親を殺すと、子供が生まれなかったことになって消えてしまう。すると、親は存在しない子供に殺されたことになり、矛盾が生じる」というものですな。未来世界が修整されるとすると、常に問題とされる矛盾(パラドックス)であります。
現在は、どちらかというと多次元世界、パラレルワールドという概念が一般化されたために、昨日説明したように、世界が分岐する、という考え方が出てきました。今風に言うと「世界線が変わる」という奴ですな。松本零士作品なら、実は一周回って次の宇宙かもしれません。
というか、一度過去に戻っても、その人の時間の流れとしては折り返してまた進んでいくようなものになっている=過去に戻っても、戻った瞬間に歴史が変わったことにより分岐するので、自分が戻った瞬間に自分にとっての過去とは違う世界になってしまう=自分の生きた世界線の過去に行くことは不可能ということなのかもしれません。
これによって、「親殺しのパラドックス」は回避できますが(自分は別の世界から来ており、その世界では親が存在しているので)。当然、自分が元板世界に戻っても、何も変わっていません。困ったね。
まー、実際にやったという人が居ないので、本当のところどうなるのかは分かりませんが。
では。そのまま、その世界に居着いてしまえばよいのですが。今度は、場合によっては別のSF的命題「同じ人間は同じ時間に存在することは出来ない」が発動する可能性があります。親殺しの場合は自分が生まれないのでよいのですが。別の意味で過去を改変した場合、将来的にその世界の自分が生まれてくると、同じ人間が二人いることになって、片方が消滅したり、生まれてこなくなったりするという奴です。これも、そんなことをした人が居ないわけで、定義が在るわけではないですから、本当にそんな事が起こるかは分かりませんが。昔から、SFでは良く使われる手です。最も、実際に顔を合わせなければいい、という作品もありますし。
個人的には、別に同じ人間が二人いたって物理的には何ら問題ないかと思いますが。同じ人間を遺伝子レベルで定義したら、一卵性双生児が大変なことになる可能性もありますし。生態的でない何かを基準にすると、それはSFではなく、神話かファンタジーです。何で、そんな発想になったんでしょうかねぇ。ドッペルゲンガーを見ると死んじゃうって奴ですかねぇ。

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